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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(行ツ)57号 判決

東京都品川区旗の台六丁目七番一六号

上告人

小川保人

右訴訟代理人弁護士

関口保

東京都品川区中延一丁目一番五号

被上告人

荏原税務署長

加藤茂

右指定代理人

岩田栄一

右当事者間の東京高等裁判所昭和五三年(行コ)第一九号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五四年一月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人関口保の上告理由について

本件各更正に上告人主張の違法はないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は原判決を正解せず又は独自の見解に立脚してこれを論難するものであつて、いずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗)

(昭和五四年(行ツ)第五七号 上告人 小川保人)

上告代理人関口保の上告理由

上告人は昭和三九年分同四〇年分、同四一年分の被上告人の上告人に対する所得税の更正処分につき被上告人に対し異議の申立をなし、同四五年七月九日異議決定あり上告人は右決定を不服として国税不服審判所長に審査請求を為し右審理の過程において上告人の総所得金額の内雑所得中の訴外泰明観光株式会社よりの受取利息収入の内昭和三九年分については総所得金額一二、〇五九、三三二円、同四〇年分については総所得金額一二、七一九、〇〇一円および同四一年分については総所得金額九、一三二、八〇二円をそれぞれ超える部分は利息制限法第一条に定むる超過部分であり国税通則法第七一条第二号所得税法第一五二条、同法施行令第二七四条第一号及び利息制限法第一項の各規定にてらして課税した年分に遡及して右相当額を雑所得中より減額の上課税せらるよう求めたる処同審判所長は利息制限法の規定に従つてなされた正当な超過利息であり且つ当該超過利息が元本に充当せらるることとなつたときは当該元本に充当せられた超過利息の額に相当する所得は無かつたものとして課税した年分に遡及して更正せらるべきことであることは国税通則法第七一条第二号所得法法第一五二条、同法施行令第二七四条第一号および利息制限法第一条第一項の各規定にてらして明らかであると裁決(甲第三号証の一、裁決書3判断の(4)制限利息の超過額についてのイ、)しながら右超過利息は単に被上告人が推計した利息の額を基礎として計算せられたるに過ぎずかつ、右超過利息を合理的に算出する資料の提出がないから利息制限法の規定にしたがつてなされた正当の金額とすることは出来ない従つて泰明観光株式会社の元本充当の意思表示並にこれによる返還請求は真意に出たものと認むることはできないとの理由で上告人の請求を斥けたのである。

依つて上告人は右裁決に対しその理由を不服として昭和四八年六月二五日行政事件訴訟法により東京地方裁判所に雑所得中利息制限法超過部分について被上告人の各更正の取消を求むる訴を提起したる処昭和五三年三月一三日言渡された判決は上告人の本訴請求はいづれも理由なしとして棄却せられた。

右判決の理由によれば

(一) 上告人主張にかかる泰明観光株式会社の返還請求等の事実は仮に右事実があるとしても本件各更正がなされた後に至り生起した事実であつて被上告人が更正をするに当つて上告人の総所得金額を算出するにつきその存在を前提とし得る事実ではなかつたのであるからそのような事実の生起それ自体をすでにそれ以前にされている課税処分たる各更正の違法事由とすることはできないとし国税不服審判所長の見解とは全く相反する理由により上告人の主張を斥けている。

(二) 仮りに右事実に基き更正の請求をすることによつて本件各更正の是正を求め得るとしても国税通則法第二三条によれば更正の請求は右請求に対する応答として税務署長によりなさるべき更正により課税処分等の是正がされるという手続構造をとつているのであるから右請求それ自体によつて当初の課税処分たる本件各更正そのものが遡及的に違法となるものでなく主張自体失当であるとなしている国税不服審判所の審査請求に対する応答とはこの点についても著しく趣きを異にしている。

右第一審の判決に対し原判決の取消を求むるため上告人は昭和五三年三月二三日東京高等裁判所に控訴を提起した。

控訴の理由は

(1) 泰明観光株式会社の返還請求等の事実はその事実があるとしても本件各更正がなされた後に生起した事実であつて被上告人が更正をするに当つて上告人の総所得金額を算出するにつきその存在を前提とし得る事実ではなかつたのであるからその様な事実の生起それ自体をすでにそれ以前にされている課税処分たる各更正の違法事由とすることはできないとしている点について、

被上告人の為した各更正について推定課税をなした雑所得中の利子の計算は第一審の昭和四九年五月一一日付準備書面別表1乃至2、5、6、9の通り適用利率それ自体利息制限法第一条に定むる法定利率を超過しているのであるから既に課税時に於て後にその超過部分が元本に充当せらるることとなつたときは右超過利息に該当する所得はなかつたことになるのであるから右部分に対する課税は当然取消さるべきもので課税時において既に予見し得らるること否予見しておかなければならないことでその存在を前提とし得る事実である。

(2) 判決は更に仮りに右の如き事実に基づき更正の請求をすることによつて各更正の是正を求め得るとしても国税通則法第二三条に定むる要式によらない請求によつては当初の課税処分たる本件各更正せらるることは出来ないとしているが判決前段の所論に従へば国税通則法第二三条の要式によつても本件の救済は出来ない筈である、にも拘らず判決が仮りにその事実に基づき更正の請求をすることによつて各更正を求めらるとしてそれには前記の要式によれば可能なりとしていることは矛盾である。

(3) 元来更正の請求は申告、決定等に係る税額等の変更を求めるために納税者の側から申立てる方式であつてそれはあくまで納税者の権利救済に資することを狙ひとしておるのである異議審理庁に対する異議の申立、異議決定に対する国税不服審判所への審査請求等何れも更正の請求と同様納税者の救済手段である本件の場合の如きは審査請求中の事案に対する審査の過程にあるのであるから裁決庁に対する不服申立に追加すれば足るものである蓋し審査請求は総額主義をとつているのであるから審査請求に補足して追加請求すれば十分と云わなければならない。上告人は控訴の理由として第一審の請求の理由に加へ国税不服審判所の裁決が泰明観光の返還請求にかかる超過利息の額が単に原処分庁が推計した利息の額を基礎として推計されているに過ぎず、当該金額をもつて利息制限法の規定にしたがつてなされた正当の金額とすることはできず又他に超過利息の額を合理的に算定するに足る資料はないから泰明観光の元本充当の意思表示を真意に出たものと認めることはできず請求人の主張を採用することはできないとしている点に関し特に返還請求等の事実は更正の請求を為すに至る迄の過程の事実を陳べたるに過ぎず要は利息制限法の超過部分が元本に充当せらるることとなつた事実を明確にし右を理由として是正を求るだけで必要にして十分なる旨を附加して主張した。

右控訴人の主張に対し控訴審の判決の主文は前掲のとおりでその理由は

一、控訴人が収受した制限超過利息についてその後元本の弁済に充当することなどの処理をすることによりいつたん取得した経済的成果を失つたとしてもそれは本件各更正後に生起した事実にすぎず、したがつてそのため右各更正が違法になる筋合ではない。

二、控訴人の主張する更正の請求について

申告、更正又は決定に係る所得税の課税標準等につき後発的事由によりその過大であることが判明した場合これを納税者の有利に変更するには国税通則法第二三条、所得税法第一五二条の規定に基づき所轄税務署長に正規の更正請求書を提出し更正の請求をなしこれに対し右税務署長の更正によつてのみ是正せられるのである。

控訴人の国税審判所長に提出した利息制限法超過部分の返還請求書なる書面は単なる証憑書類にすぎない、右書面の提出によつて更正の請求がされたものとは到底認められない。

もつとも国税不服審判所長は本件更正に対する審査請求についての裁決において右書面に記載された事項について判断を加へている事実を認めることができるがそのような事実によつては右の認定を左右することはできない更正の請求がなされたことを前提とする控訴人の主張は失当である。

としてほぼ第一審判決の理由と同じである。

上告人は原判決は左の二点につき上告人の主張を曲解し且法の適用解釈を誤つたものとして上告するものである。

第一点

1 制限超過利息についてその後元本に充当するなどの処理をすることにより一たん取得した経済的成果を失つたとしてもそれは本件更正後に生起した事実であるからそのために右各更正が違法になる筋合ではないとの判示について、上告人は必らずしも元本充当等の事実が本件各更正後に生起した事実たることを否定するものではない。

上告人は利息制限法が制限超過利息は元本の支払に充当したものとみなす旨の規定していることから直ちに所得税法上において制限超過利息はその支払と同時に元本の弁済に充当されたものとして取扱うべきものなど、主張しているのではない。

当事者間において制限超過利息が元本の弁済に充当されたものとして処理することなく従前どおり元本が残存するものとして取扱われている場合には債権者に現実に収益が生じているのであるからその収益を所得税法上課税の対象となるべき所得とすることは当然であつてそのこと自体が間違つていると云つているのではない。

元本に充当することとなつた事実は本件各更正がなされた後に生起された事実であることは云う迄もないことであるただ元本に充当された部分に該当する収入はなかつたことになるのであるから、収入のない所得に対する課税は当然是正せらるべきものであると主張するものである。

2 原審判決はその理由(2)において制限超過利息を収受した債権者が現実に之を保持し得る場合があること、後日債務者において利息制限法に基づく保護を求めるに及んだ場合には後に説示する更正の請求によつて課税処分の是正が図られていることにかんがみると本件各更正はその処分時において他日制限超過利息を元本の弁済に充当するとことが確定した場合には当然これに該当する所得はなかつたものとして処理されることを予見し得たものとは云へないから課税時に遡及して取消さるべきことを前提とした違法性を内臓した処分であるということはできないとしている。

後に説示する更正の請求とは国税通則法第二三条、所得税法一五二条に基き後発的事由による納税者のため是正を求むる更正の請求を指すものと思惟するがこのことが被告が本件各更正をするに当つて原告の総所得金額を算出するにつき他日制限超過利息が元本の弁済に充当することが確定した場合に当然これに該当する所得は無かつたこととして処理されることを予見し得たものと云へないとの結論に結びつくものとは考へることは出来ない。

第一審判決では元本充当等の事実は後発的事実であつて被告が本件各更正をするに当つて原告の総所得金額を算出するにつきその存在を前提とし得る事実ではなかつたのであるからと理由づけている。

3 上告人の主張するのは本件各更正はすべて推定による課税であつてその推定に当つて適用した利率が既に利息制限法に定むる制限超過の利率を適用している事実に鑑み他日超過利息が元本の弁済に充当せられるることとなつたときはこれに該当する所得はなかつたものとしてこれに対する課税の取消を求められることがあるべきであろうことは当然課税時において予見し得たものと主張するものである。

蓋し本件利息収入に対する課税は推定課税であること、その推定に当つての適用利率が既に制限超過利率であることは昭和四九年五月一一日付第一審における被告提出の準備書面別表1乃至2、5、6、9に記載せらるるとおり明白である。

而して裁決書は利息制限法超過額の計算が明確でないとして請求人の請求を斥けているが利息制限法超過部分の計算の根拠は原処分庁の更正にかかる計算の内容を根拠としたものでこれが明確でないと云うのであれば本推定課税自体自ら違法と認めたことになる。

第二点 上告人の主張する更正の請求について

1 第一審及控訴審の判決は共に所得税の課税標準等につき後発的事由によりその過大であることが判明した場合に納税者のため有利に変更する途を認めてはいるがそれには国税通則法第二三条及所得税法第一五二条に定める要式によらなければならないとし上告人の主張する更正の請求は正規の請求として認められないとしているが元来更正の請求は申告、更正、および決定等に係る税額等の変更を求むる納税者の側から働きかける方式で納税者の権利救済に資することを狙いとしているのであつて異議申立又は審査請求も納税者の権利救済の面からはいづれもその軌を一にしているものである。従つて異議申立中のもの又は審査請求中のもの殊に本件の場合の如く別箇の原因に基く更正決定についての異議申立又は審査請求ではなく同じ争点に含まれる追加請求である場合においては異議審理庁又は裁決庁に申立ることをもつて足るものと解すべきである。

2 異議申立及その申立に対する決定更には右異議決定に対する審査請求、更に之れに対する裁決等は相互相対応しているのである。

国税不服審判所長が請求人の追加請求を正式に受理し実質審理をなしたことは甲第三号証の一の三頁の上欄及(2)のハの末尾に(これは審査請求の過程で新に追加された主張である)と明記されており新た追加された主張とは新に追加した更正の請求と同意義であることは云う迄もない。

その実質審理の結果としての裁決において国税不服審判所長は利息収入のうち超過利息が含まれており且当該超過利息が元本に充当せらるることとなつたときは当該元本に充当せられた超過利息の額に相当する所得はなかつたものとして課税した年分に遡及してこれを是正すべきであるとはつきりと原告の主張を認めておりながら右元本に充当されたとする金額が単に原処分庁が推定した利息の額を基礎として推計されているにすぎず利息制限法の規定に従つてなされた正当の金額とすることができないから泰明観光の元本充当の意思表示を真意に出たものと認めることができないとの理由で請求人の請求を斥けている点が請求人の容認し難いところであるのでその理由とするところを不服として行政訴訟に移行したのである。

3 国税不服審判所長が仮りにその裁決において前記の理由によらず、本件追加更正の請求は後発的事由による課税の変更を納税者の有利に求めるのであるから国税通則法第二三条三項、及所得税法第一五二条に定むる更正請求書を税務署長に提出しなければならず右税務署長の更正によつてのみ課税の是正が認められるのであるからとの理由で請求人の請求を斥けたとしたら上告人はその裁決に対応して本件行政訴訟は提起しなかつたやも知れない。

又仮りに国税不服審判所長が審査請求人の主張を入れて原処分の取消をしたとしたならば請求人はその目的を達せられ何等問題はない。蓋し裁決は原処分庁を拘束するのであるからである右の場合国税不服審判長が国税通則法第二三条所得税法一五二条によらずして裁決によつて後発的事由による課税の是正を納税者の利益のため行つたからと云つて右裁決が無効となるものであるまい。若しそうだとしたなら後発的事由による納税者のための救済の途は税務署長に提出する特定の要式にのみより且当該税務署長の更正による以外にないとする判決は大いなる誤りを冒していると云はざるを得ない。

4 原審判決は前項の点に触れ「国税不服審判所長は本件更正に対する審査請求についての裁決において右書面に記載された事項についても判断を加えている事実を認めることができるがこのような事実によつて更正の請求が為されたものとは認めることはできないとする認定を左右することはできない」と極めて軽く言及し敢て上告人が最も重要と考えている裁決の不当なる理由に対する反論をかわし問題をすり換へていることは甚だ遺憾とするところである。

5 原審判決は更に控訴人が東京国税不服審判所長に提出した「利息制限法超過部分の返還請求書」と題する書面が単なる証憑書類にすぎないものであるから、その提出先を問題とするまでもなく右書面の提出によつて更正の請求が為されたものとは到底認めることはできないといつているが勿論右の「返還請求書」なるものは単に債務者たる泰明観光が債権者たる原告に出した書類にすぎず上告人は右書類の提出を以て更正の請求が為されたものなどと主張しているのではない更正の請求は救済を求むる納税者が為すべきことで債務者の請求によつてなさるべきものでないことは云うまでもないところである、ただ超過利息が元本に充当せらることとなつたため右に該当する部分に対し更正の追加請求をなしたについて元本に充当せられた事実を立証するために甲第五号証の(1)(2)と共に提出した証拠書類にすぎないことや論ずるまでもない右証拠書類の提出は審判官の指示に従つて提出したものである、この間の経緯は第一審における原告提出にかゝる昭和五一年一月 九日附準備書面において詳細に述べたとおりである。

6 更正の請求と同意義の追加請求を裁決庁が受理したことは前述のとおり既に明白である。その追加請求の際特に原処分庁に更正の請求書を出さなければならないか審判官に念を押したところ審判官から原処分庁に請求しても既に審査請求がなされ裁決庁において審理中の案件であるから原処分庁に出しても結局は右書類は当審判所に廻つて来るのであるし課税年分に遡及して当然訂正せらるるのであるから当審判所で受理するとのことであつたので審判官の指示に従つたのである。課税年分が違へば受理できない筈であるから審判所が追加請求を受理したことは課税年分に遡及して当然訂正せらるべきことを明白に認めた証査である又その時受理できないとのことであつたなら当然更正請求として原処分庁に提出した筈である。

国税不服審判所長が利息収入のうち超過利息が含まれており且当該超過利息が元本に充当せらるることとなつたときは当該元本に充当せられた超過利息の額に相当する所得はなかつたものとして課税した年分に遡及してこれを是正すべきであるとした所論は正しいというべきである。

7 納税者としては訴訟において救済を求むる以前においては国税不服審判所は納税者救済の課税庁側の最高の審判機関である、その裁決に対し不服であるから裁決に対応して訴訟に救済を求めているにも拘はらず、その不服の重要なる理由たる国税不服審判所長の判断につき極めて簡単に恰もそれは更正の請求の方式に触れたものの如く、そのような事実によつて更正の請求がなされたものとは認むることはできないとする認定を左右することはできないなどと全く見当違いの判示をなしておるのである。

以上のように原審判決は上告人の主張を曲解し又法の適用、解釈を誤つているものである。

以上

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